ライプツィヒ1 ようやくバッハの足元にたどり着く

  • 2016.12.10 Saturday
  • 09:36

 

早朝のライプツィヒ、この日も1日中歩く。

これも記憶を辿る旅、同時にバッハを辿るある意味でクライマックスな日。

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赤丸のホテルから、矢印に沿って進む。黒の◇が訪れたまたは通り過ぎたスポット。リング状の道路内が旧市街。

順に、マルクト広場近くのゲーテ像 → 聖ニコライ教会 → 聖トーマス教会および寄宿舎跡とバッハ博物館 → ライプツィヒ大学を経てゲヴァントハウスを過ぎ → 旧市街の外のメンデルスゾーンハウス → 一番遠かったシューマンの家 → 西へ歩いて旧市街へ戻りオペラハウス前 → カフェバウム → 最後にトーマス教会前に戻った。

このルートは市が設定したであろう音楽軌道というルートに大体沿ったもの。

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1749年、バッハの晩年のころのライプツィヒの様子。

 

 

 

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マルクト広場。左が旧市庁舎。ボケて素通りしたが、子の市庁舎でバッハと市の参事会が散々遣り合ったのだったな。

また、その奥に見える建物にドレスデンのザクセン選帝侯が逗留した際にバッハはこの下で楽団による演奏をしている。

その実はザクセン選帝侯の宮廷音楽家の称号を得て、参事会に対して有利に立つことを暗に欲していた。

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地面の印が音楽軌道の方向を示している。城壁外に出てなくなる場所もあったが。

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ライプツィヒ大学に在籍していたゲーテ。

ゲーテについては別の機会に考えよう。

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広いパッサージュがいくつもある。

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パッサージュを抜けるとちょうど、聖ニコライ教会。

ここも17年前に偶然来てオルガンを聴いた記憶がある。

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この日は日曜。礼拝の時間だった。

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再び、マルクト広場に戻り

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バッハの仕事場であったトーマス教会にようやくたどり着いた。

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ここもやはり礼拝中、そしてトーマス教会の少年合唱団をしばらく聴けた。

入り口で讃美歌集を渡されたが、今どの曲を歌っているのかわからない。ページを聞いたら、あそこ↓の柱に貼ってある番号が今日のの曲番号だと。

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終わって解放された合唱団。

ウィーン少年合唱団が有名だが、こちらも名実ともに評判高く度々来日している。

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そして、教会の逆側に回って、

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ようやく念願のバッハに出会う。

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というより、17年前に一度お会いしていますね。

 

 

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http://jt-violin.com/index.html

 

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