17年前の自分を辿る  ドレスデン 1

  • 2016.11.20 Sunday
  • 06:53

 

 

map_connection.gif

 

ここからの旅は、第一にはバッハを中心とする音楽の旅。中部ドイツを歩いてみたい。

今回訪れたドレスデン、ライプツィヒ、ヴァイマール、エアフルト、アイゼナハは、バッハが生まれて仕事をしたり訪れたりした関連のある町だが、その後も多くの音楽家の足跡を残している。バッハ中心で見るとき、欲を言えばそれ以外の町、両親を亡くし10歳で兄を頼ったオールドルフ、初めてオルガニストとして就職したアルンシュタット、ミュールハウゼン、無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータを始め器楽曲を多く生み出したケーテン、さらにはベルリン、ハンブルク、ブクステフーデの演奏を聴きに400kmを徒歩で歩いたリューベック、渇望する場所は限りないが、時間はわずかしかない。

それにただでさえ、毎回の旅で目が食傷気味に陥っている。これ以上詰め込もうとしても麻痺して記憶に残らないだろう。

いつかゆっくり旅をしてみたい。

 

同時に、このドレスデンとライプツィヒは過去に訪れたことがある場所でもある。2000年の2月、何も知らなかった愚かな年月、見ているものを見ていないあのころ、何を考えて歩いたのだろうか。何を見て何を見なかったのか。

それを思い出したくて、それを考えたくてここを望んだ。

 

 

この旅で、唯一の雨模様。

時間が惜しく、土砂降りの中8時前に歩きだした。

記憶だと旧市街にはそう遠くはないはず。

IMG_0349.JPG

 

 

IMG_0350.JPG

 

 

 

IMG_0351.JPG

 

 

この先が旧市街ゾーン。ウィーンの構造と共通させて考えたら、大きな道路は元城壁なのでは。

IMG_0352.JPG

 

 

探したら、こんなものが出てきた。

左岸側が旧市街。右側の現在のNeustadtは18世紀当時別の街とされていた。

Dresden1750.jpg

 

 

だいたい赤線の部分が城壁と濠だったのだろう。

500_10555992-2.jpg

 

 

IMG_0354.JPG

 

 

 

 

IMG_0356.JPG

 

 

雨に薄くさえぎられる、聖十字架教会。

 

IMG_0358 - コピー.JPG

 

 

IMG_0362 - コピー.JPG

 

 

 

IMG_0364.JPG

 

 

IMG_0367.JPG

 

隣にある市庁舎もなんとなく覚えがある。

IMG_0370.JPG

 

 

当時工事中で、展望台がありそこから街を望んだ記憶があるが。

IMG_0373.JPG

 

朝早く、または土曜日なので誰もいない。

IMG_0375.JPG

 

 

IMG_0380.JPG

 

 

IMG_0382.JPG

 

 

IMG_0383.JPG

 

 

IMG_0384.JPG

 

 

 

IMG_0385.JPG

 

 

 

IMG_0387.JPG

 

 

2000年に訪れた際は、再建中だった聖母教会。

その時泊まったホテルがちょうど教会の正面で、たくさんの瓦礫が並べられて整理され、将来てっぺんに載せられるであろう金色と青色の十字架が地面に展示されていた記憶がある。近くのパン屋で買ったケーキが大味で残念に思ったことも。

IMG_0389.JPG

 

 

以下、何点か引用写真。

1880年ごろの教会。1726〜1743年に完成、以来200年ドレスデンを見守った。

1736年、オルガン製作者のジルバーマンによるオルガンが設置され、バッハが演奏をしている。

Dresden_Frauenkirche_1880.jpg

 

 

1945年2月13日から15日にかけて、空襲とそれに夜火災旋風により町は壊滅的な被害を受ける。死者は推定25,000〜35,000人。

聖母教会は空襲の後、地下に避難していた300人の市民が出るのを待って崩壊した。

正面が崩壊したドーム。

dresden-1949.jpg

 

frauenkirche-dresden-struck-feb-1945.jpg

 

 

dresden_02_b.jpg

 

 

東独時代には瓦礫は野ざらしにされた。

もっとも、いずれ来る再建の為に市民の中に瓦礫に番号を付ける動きもあり、

当局が住民感情に配慮して駐車場にする予定だったこの場所の瓦礫を放置したとも言われる。

やはり爆撃により焼失したゼンパーオーパーはその時代の1977〜1985年に再建されている。

2739285.jpg

 

 

 

ドイツの統一後、再建計画が1994年から実行され、2004年に外観が完成、内部の再現作業も2005年に終える。ドームの再建の為に、瓦礫のひとつひとつが記録され、過去の写真をもとにコンピュータの計算により、オリジナルの石材がどこにあったのかを特定し、瓦礫の中から使用可能なオリジナルの石材を新たな材料に組み込んだ。

(当時世界最大のパズルと呼ばれた。)

外観の中で色の濃い部分がオリジナルの石材。

IMG_0394.JPG

 

 

 

IMG_0406.JPG

 

教会の再建の活動を追ったドイツ公共放送のドキュメンタリー。ベルリンの壁崩壊の瞬間と共に、

ドイツの歴史的場面を今振り返ることができるのはとてもありがたい。

関わった人の思いが伝わってくる。

https://www.youtube.com/watch?v=Mwwtj5q1Umk&t=2087s

 

ここに来た目的を半ば果たしてしまった感覚だ。逆に考えれば、それだけしか以前の訪問では得ていない。

IMG_0398.JPG

 

 

マイセン製のの約25000枚のタイルによる君主の行列と呼ばれる壁画。1873年製?

12世紀初めから1873年までの君主を中心に100人近くの人物が書かれている。

IMG_0399.JPG

 

 

 

IMG_0402.JPG

 

 

 壁画のすぐ近くに、マイセンのお店。17年前にも眺めたが、価値を全く分かっていなかったし、今もそうだろう。

IMG_0403.JPG

 

 

 

IMG_0404.JPG

 

 

 

 

 

IMG_0407.JPG

 

 

全体的に黒ずんだ建物は爆撃を免れたり、オリジナルを修復しているのだろう。

多くは新しいきれいな建物だ。ウィーンも事情は同じで、戦争により60パーセントの建物が被害を受け、シュテファン寺院も火災で屋根の崩壊に見舞われている。

IMG_0429.JPG

 

エルベ川を眺めに行く。

IMG_0432.JPG

 

 

 

IMG_0436.JPG

 

 

IMG_0441.JPG

 

 

土砂降りになって、レンズに水滴が残る。2時間近く外にいてだいぶ身体を冷やした。あとでまた来よう。

IMG_0447.JPG

 

 

 

IMG_0456.JPG

 

 

 

 

 

 

IMG_0459.JPG

 

 

 

IMG_0461.JPG

 

 

橋を渡ると新市街。

以前の訪問時は地理感覚がないのに、雪が降る中を散歩に出て対岸で迷った。

とりあえず歩く昔からの行動パターンが変わっていない。

IMG_0466.JPG

 

 

 

レジデンスとカトリックの宮廷教会。

ちょうどバッハの時代、F.アウグスト1世がポーランド王に即位するにあたり、宮廷をカトリックに改宗している。

IMG_0471.JPG

 

 

 

IMG_0480.JPG

 

 

 

 

IMG_0488.JPG

 

 

IMG_0494.JPG

 

 

IMG_0502.JPG

 

 

 

IMG_0505.JPG

 

 

 

IMG_0507.JPG

 

 

IMG_0508.JPG

 

 

IMG_0509.JPG

 

 

 

IMG_0510.JPG

 

 

10時前になり、緑の丸天井と呼ばれる宮殿コレクションなどを見に行く。

IMG_0511.JPG

 

 

続く

 

 

ヴァイオリン教室

Jun Tomono VIOLIN SCHULE

http://jt-violin.com/index.html

 

 

コメント
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

categories

recent comment

profile

search this site.

calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< September 2019 >>

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM