オケやめました。

  • 2014.11.27 Thursday
  • 20:20
日記の優先順位により報告が遅れましたが、今回ウィーンを訪れるにタイミングでシティフィルの業務を辞退させていただくことにしました。

理由としては、
1.自身の音楽のための時間を作りたかったこと。2.一緒にやって行きたい演奏家が回りに少なくなっていった、尊敬できる音楽家に恵まれなかったこと。3.直感的に良い演奏が出来たと思える機会が少なくなったと感じたこと。4.単純にオーケストラに飽きてしまったこと。などでしょうか、単に自分がわがままになっただけかも知れませんが。

いろいろ考えて要素が交差していますが整理すると、まず自分の理想とする音楽家像と、そこで必要とされる音楽家が食い違ってきたということ。
仕事で扱われる音楽は、管弦楽の為の限られたレパートリーであって、しかも個々が直接関わるのはひとつのパートだけ。ルーチンワークに陥ってしまうと、使われるテクニックも脳の機能もとても少なくて済んでしまい、気がつくと本来持っているテクニックや資本として必要である身体をすり減らしてしまう。そもそも仕事として必要な音を提供する、自分を消費することは必然的なことですが。
その落とし穴に嵌って、時間が経つと精神的身体的に慣れてしまい、そこから抜け出せなくなる。そういった例をこれまで多く見てきました。で、それを避けたい人はやめていくし、そもそもこの仕事にはどっぷり漬からないのだと思います。
自分が再び勉強を始め、レパートリーを作り始めた発端はこの理由です。
加えて、接する曲は世に多数ある作品の中、ほんの一部を巡っていくだけ。その中で新たな発見をしていくことが必要なことですが、それを総括してコントロールするのは、奏者ではなく指揮者の役割です。やっていけないわけではないし、管楽器とまた事情は違うかもしれませんが、マスで音にしたときそれはほぼ無意味です。個々の音色についても同様です。
対する評価も自らが、直面するかといったらそうではない。
結局、その立場は創造するよりも対価に対する消費材の部分が主になります。

また違う見方をして、例えばある作曲家の作品のうち管弦楽のための作品が20〜30あるかないかとしたとき、その下地には30以上のピアノソナタ、50以上のその他のピアノ作品、10のヴァイオリンソナタ、20の弦楽四重奏のための作品、6のピアノトリオ、6の弦楽トリオの作品、6の弦楽五重奏曲、100以上の声楽曲があることは珍しいことではない。また作曲家によっては、優れたヴァイオリンのための無伴奏曲を提供してくれるでしょう。
こういった、近づけば自身で手触りを確認できる数々の宝が、それぞれの作曲家の道を辿る方法であって、同時に自身の音楽の幅を広げる材料なのだと思います。逆にいえば、管弦楽のための作品やコンチェルト、総合芸術としてのオペラは最後にやってくるものだと考えます。


さかのぼると約6年間在籍、各オーケストラにエキストラとして入れてもらい始めてから9年間仕事としていました。思ったより時間が経っていました。
多くの経験を与えてもらった反面、自分にとって犠牲にしてきたことも少なくなかったと感じます。
幸い、そこでの経験の多くは人に伝えてもとても有益な情報であることに変わりは無く、その点でありがたく思います。

オケと距離を置き始めたと同時に、楽器へのアプローチも変わっていき音は全然違うものになっていったと思います。
ウィーンでツィエンコ先生に辞めたことを報告した際も、それが聴こえた!と、興奮したように真っ先に言われました。
その後は「自分も若いときにBPOでうんぬん・・・・以下オフレコで」という話になりました。

作品の行き着く先がそうであるように、辿っていった先にまたオーケストラに関わる選択肢があるかも知れませんが、それはまだ分かりません。
しばらくは、自ら学びつつエゴで音楽に接し、自分の手触りで音楽を感じて、時には声に出していきたいと思います。
音楽家の本筋に戻ったとも言えます。



Jun Tomono VIOLIN SCHULE
http://jt-violin.com/index.html


 
コメント
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

selected entries

categories

recent comment

profile

search this site.

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
<< February 2020 >>

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM